2007-01-01から1年間の記事一覧

緑の記憶

ゆるやかな地面の中で 眠っていたのは いつのことだったろう 一瞬のきらめきの 運命的な反復が 永遠をかたどるような そんな夢を見ていたのは あれからもう 何夜も経つんだ 濃密な 灰色の空気が 緑の肌に 絹布のように巻きついて 薄い皮膚の 内側へと 酸素を…

ラストノート

扉を開けばからだを包む イミテーションの芳香 シューマンは オルゴールアレンジされているし 音を垂れ流すのは ピンク色の韓国製コンポだし 人形のために作られたような 小さな木目調の丸テーブルは 実際は集成板 造花の百合が白々しく 下品にそしてエロテ…

十九万六千八百三十三次元のモンスター

横浜の 陰で濡れそぼった坂道を 異人たちの霊がよぎっていく カラスアゲハが デジタル信号みたいに 羽を明滅させて 緑色のフェンスに軌跡を絡め 夕暮れを抱え込んだ崖を目指して 消える 僕は立ちすくんでいた 誰からも忘れ去られた 地下水道の多段滝が ごく…

正義はいずれ表現されねばならぬ

ゆがんだレンズで 店長のまぶたは融けて ビルに穿たれた 無数の暗い窓からは 一千億の眼がのぞくのさ ラジオの立てる 断定的な音波 ひどく硬質な文言たちに 店長は融かされていくのさ 誰も見たことのないような 目尻からこめかみへ伸びるしわ 空気をちぎるよ…

失われた世紀末

九月の空を切り分ける 団地と団地のはざま どの部屋の 灰色の窓も 失われた世紀末を 閉じ込めていて 死んだ夏の臭いが たちこめる そんな 巨大な音叉のはざまで あの振幅は共鳴を始めて 僕の頭蓋という 小さな共鳴胴にも ある戦慄をもたらすんだ あの振幅は…

故郷

「そこへはいっていける場所というのがある。また、出ていける場所というのもある。しかし、出ることもはいることもできる場所が、もし見つかれば、唯一のその場所こそ故郷ということになる」 ――ジョージ・マクドナルド「リリス」 八王子に住んでもう5年目に…

四行詩習作

風がほしい 体の熱をはぎとって 背中の帆をはらませる 一陣の風がほしい

四行詩習作

扉の向こうで肉食竜は息を殺し 夜が見せかけの幸運を瞬かせる おれはずっと探し続けている 誰にもならずにいられる方法論を おまえの子午線を寸断する抜け落ちた空隙が見える おまえの錆びきった弦の立てる大気とのうなりが聞こえる 斜陽と綿埃の中にうずく…

四行詩習作

手に入らなかった思い出に背を押され 灰色にひび割れた道をたどる 坂の上へと転がっていく軽い声を 僕はただ見送るばかりだったのさ アンテナの檻と電柱の林 引き伸ばされた午後の青白い夕方 そういった日々の隙間に心をねじ入れて どんな化石を探しているの…

白いつばさたち

なかなか雨の降らない曇り空の下、いつものように川沿いの歩道を散歩していて、ふと思い当たった。 最近空を飛んでいないな。 もちろん、私自身は空を飛べない。飛行機やグライダーにだってそれほど縁があるわけでもない。それでも、子供の頃はもっと空に近…

ドワーフ・プラネット(三)

※この物語はフィクションです。実在する場所、人物、団体名などとは一切関係ありません。 ボルト達から礼二の事を聞くようになったのは、それからすぐだった。校舎の喫煙スペースで私はたまたまボルト達と出会った。私は煙草を吸わないけれど、友人たちと立…

ドワーフ・プラネット(二)

※この物語はフィクションです。実在する場所、人物、団体名などとは一切関係ありません。 店内にはジャズ・ピアノの音色が流れていた。茶色いペンキ塗りのテーブルを挟んで私と礼二は向かい合っていた。店のドアから覗く外は街灯のまぶしい夜で、私たちの周…

ドワーフ・プラネット(一)

八王子から橋本まで歩いてきた。約一時間半の距離だ。私にとってそれほど遠くではないけれど、なぜか左足が痛くなった。 橋本に行って痛くなったのは足だけではなかった。これは驚くべきことだ。今日私が橋本に行った事に大層な理由なんてなくて、ただ開放さ…

リリスの下僕

リリスについて、もっと書いてみようと思う。私はリリス的な女性に強く惹かれるところがあるのだ。 私が好む女性は、まず邪悪であることが挙げられる。犯罪やその他の罪を犯しているという意味ではなく、自分の内側に暗い核を抱えているような人のことだ。 …

墜落プログラム

粘性の闇と脂ぎった照明 鳥が落ちてくる感覚に見舞われて 俺は地面に膝を突く ここは他人の内臓 その内側だ 岸壁に這うパイプの群に ひどく散文的なコンクリートの起伏 腰掛けるところなどどこにもない凹凸 鳥が落ちてくる感覚は どこからもたらされたか 狭…

カタパルト

午睡を終えた空はきらめき 新宿を高く高く持ち上げていく 空間を切開してかたどったような 天を刺す鏡の部屋と 底をなくしたダンジョン 夜を失った地下が同居する 未定義の言葉たちが地の亀裂から漏れあふれ 二本のレールの上を反復し始める 発見済みの言葉…

物語の洞穴

雨が止むと午後の傾いた陽が射した。くすんだ商店街は光を浴びて急に生き生きとし始める。遅い昼食を摂るために出掛けた私はふと実家近くの古本屋のことを思い出す。物静かな女性と繋がれていない老犬が番をしていた、あの雑然とした古本屋のことを。 まった…

空を埋める漂流物

5月15日だった。 関東の空はちぎれ、地表には雹が血しぶきのように降っていた。 青白い部屋の中で眼を覚ましたばかりの僕は、倦怠感に包まれて半ば起き上がったまま外を眺めた。屋根で踊る白い結晶や、雲の唸り声や、閃光を。 僕はふと富山の海岸のことを思…