緑の記憶

 ゆるやかな地面の中で 眠っていたのは
 いつのことだったろう 一瞬のきらめきの
 運命的な反復が 永遠をかたどるような
 そんな夢を見ていたのは あれからもう
 何夜も経つんだ 濃密な
 灰色の空気が 緑の肌に
 絹布のように巻きついて 薄い皮膚の
 内側へと 酸素を溶かし込んでゆく
 酩酊しそうな 甘い空気 甘い空
 どこまでも 泳いでゆけそうな空


 人間が 二百万年かそこらかけて
 解明した 生命の歴史と真理を
 僕らは 最初から知っていた
 今でもまだ 夢に見るんだ
 夜を越え 命を超えて
 ゆるやかな地面の上で 一瞬のきらめきの
 運命的な反復が 二重螺旋を描くように
 この星で 初めて
 陸に上がったのが 僕らの
 先祖だということ ほんの数億万世代前
 誰もいない地上に 僕らは這い上がった
 慣れない肺呼吸 酩酊しそうな
 甘い空気 甘い空
 どこまでも 泳いでゆこうとした空


 僕らは 空ばかり見上げ
 本当は 空へ泳いでゆきたくて
 海から上がったんだ 数千万年かけ
 跳ねることを覚え 筋肉を鍛え
 気付けば 硬く固まった地面の上にいて
 ようやく 本来の目的を
 思い出した 一瞬のきらめきの
 運命的な反復が 記憶の輪郭線をなぞるように
 いまこそ空に 泳いでゆこうと思う
 僕らを吸い込んでいく 灰色の空
 甘い空 酩酊しそうな
 酸素とオゾンの香りに満ちた空


 僕は跳ね上がる
 重力は たちまち行き場を失い
 先祖が負った 重苦しい呪縛の夢を
 ひととき忘れて 途方も無く孤独な
 夜の中空に立てば 一瞬のきらめきの
 運命的な反復が 諸行無常を叫ぶように
 光線と重力が 僕をつかみなおす
 巨大な黒い 車輪が迫り
 無情にも 路面の時間を
 寸断していく
 緑色をした 僕の肌と
 数千万年の末に 獲得された緑の筋肉
 酸素に酔った 鼻はそれぞれ
 押しつぶされて 窒息し
 内臓の細胞 一つ一つが
 永遠の大地へ 刻み込まれる
 それを感じる
 酩酊しそうな 甘い空気 甘い空
 どこまでも 泳いでゆこうとした空