失われた世紀末

 九月の空を切り分ける 団地と団地のはざま
 どの部屋の 灰色の窓も 失われた世紀末を 閉じ込めていて 死んだ夏の臭いが たちこめる
 そんな 巨大な音叉のはざまで あの振幅は共鳴を始めて 僕の頭蓋という 小さな共鳴胴にも ある戦慄をもたらすんだ


 あの振幅は段々と高まって 世界の裏地から ことばを引き上げる
 僕たちが記憶を発明するより ずっと前から響いている 古いことば
 僕の皮膚を作り上げたあらゆる意味を 溶かす力を持った 強酸性の 古いことば


 ひとりで横になったときの 媒質を抜き取られた宇宙の中ですら あの振幅は 毎夜 駆け抜けていく
 誰もいない という存在におびえ そして 意味がない という意味にすがりながら 僕は知る
 あの振幅が位相を完全に揃えるとき 世界は滅ぶ
 きっと 永久に落下して それか 視点を変えれば 永久に上昇して


 僕の頭蓋という 小さな共鳴胴を 僕は懸命に閉ざす
 まぶたの下を 波が駆け抜けていくのを感じ 僕の皮膚を ある戦慄が あいまいにする
 失われた世紀末を 閉じ込めた 無音の部屋で 僕は目を開く
 恐る恐ると そうでなければ 耐え切れずに


 電灯のスイッチに結んだひもが 鼻のまっすぐ上で ぼんやり光り まるで命綱みたいに 垂れていた
 テレビの下品な笑い声が 壁の向こう側から染み込んで 宇宙をもういちど 媒質で満たし直して
 冷蔵庫の扉を閉じた 母さんの足音が 僕の頭蓋という 小さな共鳴胴を そっと塞ぐ
 僕の目には 知らないうちに 涙があふれている


 僕は世界を滅ぼすかもしれないんだ
 母さん