S・カウフマン「自己組織化と進化の論理」感想

 生命の意義や意識の成り立ちについて、既存の科学はほとんど通用していないように思う。個々の化学反応やメカニズムについて詳しく述べることはできても、「なぜ」そうなっているのか、「どうして」そういう事が現実に起きるのか、という点についてはほとんど答えられない。


 現実にあるがままのものを、あるがままに記述するだけで、つまりただ難しい言葉に言い換えているに過ぎない。「太陽が燃える」と言うのと「水素が核融合を起こしている」と言うのと、本質的にはあまり違いがない。

 本書で取り上げられている「複雑系」は、そんな既存の科学で語れなかったことについて迫ろうという野心を抱いている。

 なぜ生命が生まれたのか。なぜ人間や意識が生まれ、文明や社会が生まれたのか。広大な宇宙を見渡していると、それはまったく有り得ない事のように思える。ものすごい偶然の積み重ねで私たちは生きているように見える。

 しかし、本書はそんな素朴な感覚を否定する。この宇宙で生命が生まれた事は必然だ、と。

 宇宙や生命や意識や社会、まとめて言えば《システム》は、ちょうど良い混沌さを保つことで成り立っている。あまりにもカオス過ぎると物体はバラバラに飛び散り、組織だったところを見せない。あまりにも秩序が強いと、今度は逆に凍り付いて動かない。カオスと秩序が同居するからこそ、システムは整然としながら変化していくことができる。そうして、星々はめぐり、生命は生き動き続け、意識は働き、社会は回っていく。

 ある一定以上の複雑さを持つシステムには、カオスと秩序がちょうどよく混ざった「カオスの縁」へと向かっていく性質があるのではないか? つまり、自らを自発的に進化させるメカニズムがあるのではないか? というのが、本書の主張であり、その性質を探るのが「複雑系」なのだ。

 もし、システムが自発的に進化する、という主張が正しければ、宇宙に星々があるのは必然であり、その星の上で生命が生まれるのは必然であり、生命が複雑化して意識が生じるのは必然であり、その意識が社会や芸術を作り出すのもまた必然である、ということになる。宇宙から社会に至るまでのあらゆるシステムで、自発的な進化は起こるのだ。

 これは物凄くスケールの大きい主張で、それゆえ科学的な検証が非常に難しいかもしれない。それでも、本書が挙げているモデルやシミュレーションを一つ一つ読んでいくと、世界や社会に対する新しい見方が徐々に浮かび上がってくる。

 本書で取り上げられているモデルの中でも一番簡単なものに、糸とボタンを使ったモデルがある。ボタンと糸をたくさん用意して、ボタンを糸でつないでいく。どのボタン同士を繋げるかはランダムに選ぶ。ボタンに対して糸の数が多ければ、たくさんのボタンが繋がり合った集団が作られる。糸の数が少なければ、そういった集団はほとんど作られない。

 ここで、ボタンに対する糸の数が1/2を超えると、突然大きな集団が作られるようになるのだ。糸の数がそれ未満だと小さな集団しか作られない。また、それ以上に糸の数を増やしても、集団に劇的な変化は見られない。この1/2という境界を超える事で、ボタンと糸のシステムには大きな変化が起きる。この変化を「相転移」と言う。

 相転移を引き起こす「1/2」という条件は、システムのルールを見ているだけでは決して浮かび上がってこない。システムが実際に何度も動いて、その先でようやく分かる性質だ。

 従来の科学は、システムのルールを明らかにすることだけが目的だった。ボタンはいくつあるのか、糸はいくつあるのか、1本の糸にはいくつのボタンが繋がるのか――といったような。複雑系は、こういった明示的なルールでは明らかにならない法則性を見つけていく。いわば、法則の上に成り立つメタ法則を探し求めるのだ。

 単純な還元論による科学は、限界を迎えつつある。単純な因果関係だけでは、宇宙や生命の成り立ちを明らかにできそうにはない。より理解を深めるためには、個々のルールを超えた新しい視野が必要になるに違いない。

「未来を予知する力そして支配する力として科学をあがめるベーコン以来の伝統は、一方でわれわれから畏れ敬う気持ちを非科学的だとして奪ってしまったのではないだろうか」
「誇り高き人類が実は一つの動物であり、自然界に組み込まれ、そして神の声によって動かされているということに、われわれは気づきはじめている」
「もしわれわれの最善の行動の結果がどうなるかがわからないものだということに、新たに関心をもつようになれば、われわれは一つ賢くなったと言えよう」
「われわれの最善の努力が最後には先の見えない状態に変わってしまうのなら、どうして努力する必要があるのか。なぜなら世の中がそうなっているからであり、われわれはその世の中の一部だからである。生命とはそういうものであり、われわれは生命の一部なのである」
「このような生命、すなわち進化を続ける秩序を説明づける科学を、われわれはいまつくり始めたばかりなのである」

自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則

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