道がみえる 重苦しい空の中央に 不意に まぶしい傷口が開くときのように 思いがけず見出される ひとすじの道がある

春 午後二時の大気の下で ひとすじの道はまっすぐに伸びる 老人がひとり 杖を突いて立ち 乾いた水田に長い影をおとす 干からびた身体を 淡い影が支えている ひとすじの道はまっすぐに伸び 地面と空との 淡い境界線 遠い山並みの 淡い影を めざしている

夏 アブラゼミの声のとばりに 黒い道が覆われている 光の斑が 水面のようにゆれる 道は 暗い洞穴の底をめざしている 夢のような色をした アオスジアゲハが一頭 さまよい出てきて 黒い道の上に軌跡を残す 思い出せそうで 思い出せない 何かの暗号のように 軌跡はゆれ動く

秋 暗がりの中で 微小な噴水のように 虫の音がいくつも立ちのぼる 明かりひとつない山の陰で 虫の音だけが道をかたどる ぬめぬめとした川の流れが 道に沿ってひかり こことは違う どこかへ誘う 川はやがて 音を立てて分かれ 家並みの作る夜闇のなかに 消えていくが 道は続く 虫の音だけが 変わらず道をかたどる

冬 乾いた枝と幹が 格子模様を描きだす その隙間に 死んだ葉のむれが 湾曲した道を掘る 風が 道の先から転がり落ちてくる 上空の白い太陽が 吹き降ろす 白い風 張り詰めた 厳格な空気に あらゆるものがひび割れ 粉を吹く 骨張った枝々が 硬直した死骸の手のように 空に指を伸ばす その 広げられた指を屋根として 道は伸びる 白い風に逆らって 湾曲した坂を 道は登る

道がみえる まどろんだ意識に差し込まれる 細い銀色の鍵のように 道はとつぜん見出される ひとすじの道は 私たちにいっさいを思い出させ そして いっさいを 忘れさせる