堀江敏幸写真展&コントラバス演奏会感想

 再び森岡書店。朗読会のあった次の土曜日にコントラバスの演奏会があったので、参加させていただいた。
 余談だが、当日6月19日は朗読の日だとのこと。今回はお客さんとして演奏会に出席されていた岡安さんが教えてくれた。朗読に関することは、何もなかった(笑)。


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 以前の日記にも書いたけれど、コントラバスは基本的にベース担当で、ソロ演奏でメロディを弾くような使い方はほとんどされないらしい。ジャズやロックではベースのソロというのは良く見かけるけど、クラシックではあまりないような……。しかも、コントラバス一本で曲を通して演奏するなんて聴いたことがなかった。

 森岡書店を訪れると、焦茶色の巨大な楽器が二本横たわっていた。まるでバイソンか何かが寝転がっているような迫力があって驚いた。あまりに大きく、反面会場が狭かったので(汗)、携帯のカメラでは全体像を撮れなかった。

 狭い会場がほとんど満員になると、スカーフを巻いた背の高い男性が、コントラバスを抱えて弦の調子を確かめた。奏者の遠藤柊一郎さんだ。四角い眼鏡を掛けたとても気さくな方で、演奏の合間にコントラバスにまつわる愉快なお話をたくさん聞かせてくださった。楽器の演奏者というより、面白いことをたくさん知っている数学や理科の愉快な先生という雰囲気があった。

 いよいよ弦に弓を当て、最初に弾かれたのは、エルガーの曲だった(曲名失念(汗))。コントラバスと聞いてイメージしていた、うなるような重低音ではなくて、少しくぐもっているけれど綺麗な旋律が奏でられる。胸を衝くような、弦楽器の音色だった。思わず涙ぐんでしまう。
 気さくで愉快な先生も、演奏中の眼差しは真剣そのものだ。

 当初心配(期待?)されていたような難解な現代曲のオンパレードはなくて、クラシックの美しい楽曲ばかり演奏された。ヴェルディの舞踊曲やベートーベンの第九の一部や、コントラバスの天才ボッテジーニの曲などなど。コントラバスってこんな風に歌えるんだ……と思い知らされる。

 楽曲の合間のお話もみんな楽しくて、印象に残っているのがベートーベンの第九の説明だ。
「最初にコントラバスがメロディを弾いて、それをチェロが引き受けて、それをコントラバスが違う!と否定して、また弾いて、チェロが引き受けたのを違う!と否定して、また弾いて、また違う!と否定して、最後に、これです、というのが、第九の第四楽章です」
 うお、なんて分かりやすい説明なんだ!

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 演奏後、コントラバスを実際に触らせてもらう事ができた。一方は三百年、他方は百五十年も前に作られた楽器なのに、ベタベタ触らせてくれるなんて太っ腹すぎる。
 で、実際に抱えてみると、仕事帰りでスーツ姿だったせいか「似合いますね〜」とおだてられて、そのままなし崩し的に「コントラバスを抱えている係」になってしまった……。三百年の重み(十キロくらい)がある楽器なのだ。
 三百年前というと、ちょうど忠臣蔵の時代だ。バッハやモーツアルトが生まれる前という、いわゆるクラシック音楽すら黎明期だった時代になる。その頃に既に楽器としての形が完成されていたのか……。ちなみにギターなんかはその頃まだ影も形もない。リュートはあったんだっけ……。
 以前の日記に書いたけれど、コントラバスは弦が恐ろしく太くて張力が高い。どの弦も、ギターの第六弦の四倍以上はありそうだった。張力はかなり強く張ったギターの第一弦と同じくらいか、それより少し強いくらいの感触だった。指板(?)まで押し込めない。
 あと、ヴァイオリンと同じようにフレット(音階を示す棒)なんてなくて、どこを押さえれば良いのかは「感覚」だという。観に来ていたビオラ奏者の人が教えてくれた。

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 今回は堀江敏幸さんという小説家が撮った写真の展示会でもあって、モノクロの写真が壁にずらりと飾られていた。割と小さいサイズで、映画のワンシーンを切り取ったような物語性が感じられた。小説家としての物の見方が写真にも現れているのかもしれない、と思った。
 無学なことに、堀江敏幸さんの小説はまだ読んだことがない。芥川賞を受賞されていて、群像新人文学賞小林秀雄賞といった名だたる賞の選考委員も務めておられるとのこと。
 僕からすると雲の上のような人だ……。それで素晴らしい写真も撮れるなんて羨ましすぎる。
 会場ではあまりゆっくり見て回る事ができなかったので、小さな写真集と、エッセイ集を買って帰った。いずれ著作も読んでみようと思う。