夢の中の夢

 夢を見る夢を見た。


 なにかとてつもない悪夢を見ていて、はっと気づいて安心する、という夢だった。
 また、恐ろしく幻想的な出来事がある人との間で起こって、夢のなかでその人に「あれは現実だったんですか」と聞こうと思う、という夢も見た。
「あれは現実だったんですか」という問いかけはなんとも滑稽だと思った。僕が言った「現実」は、その問いを発した夢の側なのだろうか。それとも、夢からさめたこの世界のことだったのだろうか?
 この世界もたぶん夢だろう。だから「あれは現実だったんですか」という問いはいかにも滑稽に響くことだろう。荘子が直感したように、、宇宙が一種の夢であることは明らかにされつつある。物体も重力も時間も幻想で、僕らは原理的には、宇宙と同じサイズの量子コンピュータが黙々と進める計算プロセスに過ぎないだろう。
 心や意識は突き詰めれば夢なのだ。心になった夢を見ている生命の夢を見ている物質の夢を見ている原子の夢を見ている素粒子の夢を見ている弦? ノード? そういったあらゆるレベルで夢は見られ、夢の中ではまた夢が見られる。
 僕たちの夢がまた夢を見ることはあり得ることで、むしろ必然なのだろう。身体の細胞が無心に働いているように、個々の分子が無意識に反応しているように、僕らもまた、巨大な夢を知らないうちに動かしているに違いない。


「あれは現実だったんですか?」


――――


「それは、新しく現実と呼ばれるものになるでしょう。
「時間のはじまりから昇られてきた螺旋階段の一段として、あなたは踏み越えられていくでしょう。
再帰(いれこ)を織り成すひとつの言葉としてあなたは生まれ、死んでいくでしょう。
「真実はいつもあなたのはるか上か、はるか下にしかありませんでした。
「両極を担う真実の間に発せられた稲光。その形こそが、あなただったのです。
「あなたは言葉です。
「あなたは形です。
「あなたは通り道であり、草をかきわけられた獣道であり、混ぜ合わされた絵の具で描かれた絵の主題、形と形、線と線とが危うげに支える意味のひとつなのです。
「あなたは音であり、時間の中を通りゆく波の残り香であり、その時間変化が震わせる声のひとつなのです。
「あなたは今存在していないものであり、かつて存在しなかったものであり、そしていまだ存在していない何者かです。
「あなたは、あなたが現実と呼ぶもの以外のすべてでした。
「あなたが現実と呼ばれるものになるとき、それはもはや、あなたではないでしょう」