従兄弟たち

 未明に降った雨が早朝の空気を湿らせていた。重苦しく明け始めた空の下を僕は駅に向かって歩いた。路面から立ち上る湿気の中で、ふと、牛舎の臭いがしたように思った。当然それは錯覚だったけれど、十年ほど前の夏、こんな早朝の曇り空の下、強い臭いに包まれた牛舎へと仕事に向かっていた時期があるのは確かだった。


 北海道のある牧場に嫁いだ伯母がいて、高校生の頃にひと夏をそこで過ごした事がある。ただ居候をしていたわけではなくて、朝と午後に牧場の仕事の手伝いをした。サイロから飼料を運び出したり、牛舎の糞の掃除をしたり、搾乳機を付けて回ったり、藁を運んできて牛にやったりした。
 伯母には息子が一人いる。つまり僕からすると従弟に当たる。ただ随分年が離れていて、ほとんど甥のような感覚だ。僕にあまり似ていない、どこかひょうきんで素朴な人好きのする少年だ。
 その伯母と従弟が帰省してきて、東京にいるもう一人の伯母の家に一週間ほど滞在していた。
 もう一人の伯母は、北海道の伯母とは対照的に、都心で商店を営む伯父の下へ嫁いだ。家は古びたビルで、すぐそばに首都高速が走っている。
 都心の伯母には娘が二人いて、僕と同い年の姉と、三つほど下の妹がいる。要するに僕の従姉妹だ。従姉妹は二人とも音楽学校を出ているそうで、姉の方は家でピアノ教室を開いている。実は伯父がクラシックギターの奏者で、以前からギター教室を開いていたり、ギター協会の仕事を行なっているらしい。そんなわけで、都心の親族は絵に描いたような音楽一家なのだった。
(ちなみに僕は、伯父に黙って勝手にクラシックギターを始めてしまった。どうせ八王子から都心に通うわけには行かないけれど……)
 従姉妹たちとは年が近い事もあって、幼少期の頃に正月のたびに会っていたのを思い出す。小さな子供の頃、本当に無邪気に遊んでいたのを覚えている。それから、男の子・女の子として精神が成長(屈折?)するに従って疎遠になっていった。

 従姉妹たちの一家は、幼い頃の僕にとってひとつの憧れだった。僕は埼玉の田舎に住む貧乏な一家で、それに比べて従姉妹たちは都会に住む洗練された家庭のように思われた。楽器が弾けて、ディズニーやジブリのグッズをたくさん持っていて、口下手な僕らの家族に比べて明るくて、彼女たちが集まると何だか華やかな雰囲気になった。僕一流のコンプレックスが頭をもたげて、そういう従姉妹たちと接しづらく感じた時期もあった。

 そんな伯母たち従兄弟たちに会うため、先週の木曜日に都心の家(ビル)を訪ねた。

(続く)