秋葉原の事件についてドストエフスキー過剰引用

「ぼくがきみの家へ行ったのは、その連中の一人――ある将校をぶんなぐってやろうと思ってだったんだ。ところが、相手が見つからなくて、しくじっちまった。それでだれかにそのむしゃくしゃを持っていって、腹いせをしなくちゃならなかった。そこへきみが現われたってわけさ。そこでぼくは、きみに憎悪をぶちまけて、思いきり笑ってやったんだ。自分が踏みつけにされたから、今度は他人を踏みつけにしてやりたかった。自分が雑巾同然に扱われたから、今度は自分にも力のあるところを見せつけてやりたかったんだ」

「ぼくにとって、愛するとは、暴君のように振舞い、精神的に優位を確保することの同義語だからだ。ぼくは生涯、それ以外の愛情は思ってみることもできなかった。そのあげく、ついには、愛とは、愛する対象に対して暴君のように振舞う権利をすすんで捧げられることである、とさえ、ときとして思うようになったのである。」

「<きみの話は、自分ひとりだけのこと、地下室のみじめな不幸のことだけにしておいてもらいたいな。《ぼくらはすべて》なんて、口幅ったい言い方はやめてもらおう>というわけだ。(中略)ぼくは、諸君が半分までも押しつめていく勇気のなかったことを、ぼくの人生においてぎりぎりのところまでつきつめてみただけの話なのだ。ところが諸君ときたら、自分の臆病さを良識と取違えて、自分で自分をあざむきながら、それを気休めにしている。だとしたら、あるいは、ぼくのほうが諸君よりもずっと《生き生き》していることになるかもしれない。ひとつ、とくと見てほしい!」
ドストエフスキー地下室の手記江川卓訳 新潮文庫 ボールドは原文傍点)


「「どうしてあなたは、どうしてあなたはそんな自分をだめにするようなことをしたの!」と絶望的にいうと、彼女は立ちあがって、いきなり彼の首にすがりつき、両手でかたくかたく抱きしめた。
 ラスコーリニコフは思わずうしろへよろけて、さびしく笑いながら彼女を見た。
「君も妙な女だねえ、ソーニャ。ぼくがあのことを言ったら、急に抱きついて、接吻するなんて。きみは自分で何をしているかわからないんだよ」
「いいえ、いまはあなたより不幸な人は世界中にいませんわ!」彼女は彼の言葉には耳もかさずに、気が狂ったように叫んだ、そして急に、ヒステリックに泣きだした。」
ドストエフスキー罪と罰」工藤精一郎訳 新潮文庫 ボールドは原文傍点)


「どんなに僕たちがわるい人間になっても、やはり、こうしてイリューシャを葬ったことや、最後の日々に僕たちが彼を愛したことや、今この石のそばでこうしていっしょに仲よく話したことなどを思い出すなら、仮に僕たちがそんな人間になっていたとしても、その中でいちばん冷酷な、いちばん嘲笑的な人間でさえ、やはり、今この瞬間に自分がどんなに善良で立派だったかを、心の内で笑ったりできないはずです! そればかりではなく、もしかすると、まさにその一つの思い出が大きな悪から彼を引きとめてくれ、彼は思い直して、『そうだ、僕はあのころ、善良で、大胆で、正直だった』と言うかもしれません」
ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟原卓也訳 新潮文庫


 犯人のようなタイプの人間は140〜50年前に既に存在していた。人間はそれから進歩していなくて、ただテクノロジーと個人の自由が事件の規模を大きくしたに過ぎない。事件を防ぐためには、テクノロジーと個人の自由を捨てるか、それとも……。

地下室の手記 (新潮文庫)

地下室の手記 (新潮文庫)

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

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カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

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